音という言語

最近、実感したこと。

楽譜を読み、分析し、練習し、曲を仕上げる。
これが、アンサンブルの場合は(その曲の解釈はそれぞれ違ったとしても)、数人が同じ音符(楽譜)を読み、ひとつの作品を仕上げる。
例えば、この音符が世界中でもっと色々違ってたら、限られた人にしか演奏できない音楽が山ほどあって、今日初めて会った人と、その音楽を共有することは非常に難しい。(ここでいう音符は、いわゆる西洋音楽で使われる音符です。)

そう思ったら、〈音〉という概念を共有できるってすごいことだな~!と思うのです。
数日前までは見知らぬ人だった人と、同じひとつの曲を仕上げるために、それぞれが自分のパートを練習し、それを持ちよって、ひとつの曲を仕上げる。
仕上げた後、見知らぬ人が「よく知っている人」になるわけではないけれど、それでもお互いが同じ言語で会話をして、組み立てて、合わせて・・・。

一緒にいた時間は合計しても数時間程度で、「それぞれがやるべきことをやる」という、とても単純な作業ではありますが、昨日まで知らなかった人とひとつの作品を、同じ空間・瞬間を作れるというのは、すごく素敵なことだなぁと思ったのでした。

そして、この「共有」には国籍も問わないのです。性別も年齢も問わない。
これって、すごいことだと思いませんか?

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